休日の午後、日頃の運動不足を解消しようと、妻と二人散歩に出かけた。
二人ともメタボリック・シンドロームとやらが気になる年齢と体型なのだ。
頑張って隅田川沿いに白髭橋から吾妻橋まで歩く。電車に乗って行けば駅3つ分。結構、歩きでのある距離だ。
喉が渇いたね。どこかでひと休みしていこうと、ついついビール会社の中にあるオープンカフェに入って、一杯。
消費したはずのカロリーをしっかりと取り戻し、二人顔を見合わせて小さく笑って家路に着いた。
別の日曜日の午後、また妻と二人、散歩に出かける。
お父さんと散歩に行くねと言う妻に、遅く起きてきた長男が放牧? ととぼけた顔で云う。
失礼ね。でも、放牧ってことは豚じゃないのね。豚には放牧ってあまり言わないじゃない?
今日は隅田川を遡って千住方面に歩く。川沿いの道は広々として春の空が大きく開けている。風が清々しい。
歩くのが遅い妻のために、時々速度を緩めたり立ち止まってあげたり、結構気を使って歩いているのだが、妻は気がついているのだろうか?
綺麗に芝生が張られた堤防の道を歩きながら、心の中で「ホウボク、ホウボク」と呟いて、ついニヤニヤとしてしまう。
足元に芝生の柔らかさを感じ、都会には珍しい広い青い空の下、妻と共にゆっくりと歩く。
そして、私は牧童なのか或いは牛なのだろうかと考えながら、またゆっくりと歩く。
汐入から新しくできた千住汐入大橋を渡ったところでファミリーレストランに入り、ひと休み。
紅茶で喉を潤し、特大プリンとイチゴのパフェで消費したはずのカロリーをしっかりと取り戻してから家路に着いた。
山手線を見おろす高台の道を六月の雨が濡らしている。雨の匂いがする。
駒込駅近くの線路に沿った崖上の道に車を停めておいたのだが、近頃は駐車違反の取締りが厳しいので、心配になって、そそくさと用事を済ませて車に戻ってきた。
車にもぐり込んで、イグニッションを回す。エンジンのかすかな震えがハンドルを握る指先に伝わる。
カーラジオから聞き覚えのある少し甘えたような歌声が流れてきた。
懐かしいなと思って、動かしかけた車を止めて曲に聞き入ってしまった。曲名は思い出せないが歌っているのは太田裕美で、もう三十年以上も前、私の学生時代に流行った曲だ。
曲が終わり、DJが語り始める。
太田裕美さんのデビュー曲『雨だれ』をお送りしました......。
あゝそうだった、『雨だれ』だ。
太田裕美のデビュー曲は『木綿のハンカチーフ』だとばかり思っていたのだけれど、そういわれてみれば、『雨だれ』のほうが先だったかもしれない。特に熱心なファンだったと言うわけでもないので、そんなことも知らなかったのだ。
崖の下を電車が飛沫を上げて走り抜けていった。
三十年。と心の中で呟いてみたのだが、色々な事があったはずなのに、たいして感慨も沸かない。
眼下を山手線の銀色の車体が雨を切り裂いて疾走していく。
ワイパーがフロントガラスを舐める。私はひとり残されたような心持になって、それを眺めていた。
会社からの帰り道。
ほの明るい街灯の下、いつもの角を曲がった所でキンモクセイの香りに気がついた。
雨の日が続いたので、もうすっかり今年の木犀は終わりだと勝手に決め付けていたのだが、ちょっと、不意を衝かれたような感じがした。
懐かしい香りだと思った。
懐かしいという思いは、哀しいという感情に似ている。
一昨年より昨年、昨年より今年と、その香りに纏わりつく哀愁は、年を経るに連れて増してくる。
それはつまり、私がまたひとつ年を取ったということなのだろうか。
居間のソファーでごろんと横になって休んでいた。
ベランダの窓からはひんやりとした空気が流れてきている。もう、秋になったんだ。
窓の外では、少し前から雨が静かに降り出してきた。
「雨、蕭々(しょうしょう)タリ」というのは、今時のこういう雨の降りかたを表現したものだろうか。
そういえば永井荷風の小説に「雨蕭々」というのがあったけれども、あの話の設定は今頃の季節だったかな、などとぼんやり考えていたら、上のほうから妻の声がした。
「ねぇ、ちょっといい? 明日の練習」
妻はホームヘルパーをしているが、明日は寝たきりのご老人の世話があるらしい。
私を実験台にして練習ということか、寝そべっている私を、首の下と膝の裏に手を入れて、起こそうとする。
いくらなんでもそれは無理だろうと思って横になっていたが、あっという間に妻の胸に抱かれて起こされてしまった。
それでも妻は得心がいかないらしく、二度三度と同じ作業を繰り返し、その度に私は妻のやわらかく暖かい胸に抱かれて起こされる。
「だいじょうぶ? 苦しくない? 」妻は少し不安げだが、私のほうは、いつ寝たきりになっても大丈夫、という気分になってきた。
再びソファーに横になってみると、休日の午後は空気も気のせいか清澄で雨音も柔らかい。
やはり「雨蕭々タリ」とはこの季節の雨にふさわしい表現だなと思いつつ、静かな雨音に耳を澄ませてみた。
街路灯の青白い光の中にぼんやりと浮かぶ後姿はきっと私の妻に違いない。
声をかけてみようかと思ったが、妻との距離は200メートルもあろうか、多少は大きな声を出さなければ届かないだろう、と思ってやめにした。
今日は仕事が遅くなった。すでに通りは人影もまばらで暗く寂しい。
この通りも昔は賑やかで活気があったのに、ずいぶんと寂しくなったものだなどと考えながら歩いているうちに妻との距離はぐっと縮まったようだ。
両手にスーパーの袋を重たそうに提げて歩くその姿はなんだか貧乏臭く見える。
も一度声をかけようと思ったが、なんと声を掛ければよいのか思いつかなくて、やめにした。
そういえば結婚して20数年になるが、今まで妻の名前を呼んだことがない。「ねぇ」とか「さぁ」とか、子供ができてからはもっぱら「おかあさん」だった。子供がいない場所で「おかあさん」はおかしいし、なんだか恥ずかしいような気がする。どうしたものかと考えているうちに、とうとう追いついてしまった。
横に並んで妻のほうを振り向くと、きゃっと小さく叫んで「ストーカーかと思った」とのたもうた。
黙って重そうなスーパーの袋の片方を取りあげる。妻の右肩が少し浮き上がり、私の左肩が沈む。そうして肩を並べて歩いた。
こうやって二人で歩くのは久しぶりだなと思った。
うっすらと寝ぼけた朝の光の中、高架上を走る通勤電車の窓から一叢の桜の花が目に入った。
住宅密集地帯の煤けたような低い家並みの上に、桜はひょっこりと頭を出して、そこだけ輝いているようだ。
あの桜には思い出がある。
桜の下には公園があって、子供たちがまだ小さかった頃、私たち家族はよくそこで遊んだ。家と家とが軒を接する路地の奥に、ぽっかりと、そこだけ青い空が開けた小さな公園だった。
その公園のすぐ近くに私たちの家があった。
私がはじめて買った一戸建ての家で、私たち家族はみな気に入っていたが、訳あって手放してしまった。
その後何度か私たちは引越しをしたが、子供たちはあのときのあの家が一番よかったねと今でも時々話題にし、そのたびに私の胸はちくちくと痛む。
子供たちも、もっと大人になれば分かると思う。人生いろんなことがあるんだよと私は心の中で呟くのだ。
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