通勤に使う電車の高架駅から私が卒業した小学校が見える。
もっとも、私はもう何年も母校である小学校を見ていない。
その小学校を見おろす下りホームを私が使うのは、夜も更けて帰宅するときだけだからだ。
小学校の校庭には楠木(クスノキ)があった。
それは今でも校庭の真ん中で枝をひろげているのだが、私が小学生だった頃から既に「おじいさん」と言った雰囲気を漂わせていた老木だった。
この木は中心が空洞になっており、さらに横っ腹にも竈の焚き口のように穴があいているので、まるで太い煙突が枝を広げたような形なのだが、横に大きく枝を広げた姿はなかなか風格があった。
なぜ木の中心に大きな「うろ」ができたかについては、戦時中に焼夷弾が木のまん中に命中したのだとか、雷が落ちたのだとかという話を聞いた事があるが、はっきりしたことは判らない。
この「うろ」を中心にクスノキは枝を広げ、その周りには特殊学級の生徒が丸太を模してセメントで作った柵が円く巡らされていた。
クスノキは校庭の真ん中にあったので運動会の徒競走では生徒たちがこの周りをぐるぐると走り回る。
そして、この校庭を取り囲むように校舎が建っていてので、つまり、この小学校はクスノキの「うろ」を中心に子供たちが回り、先生が回り、それを校舎が囲み、同心円を描いていたのだ。
クスノキの側に立つと学校のほぼ全体が見渡され、どの教室の窓からもクスノキの姿が見られた。
退屈な授業の合間、窓から眺めるクスノキは、豊かに葉を茂らせて校庭を彩り、秋には樟脳の香りとともに落ち葉を校庭にまき散らしていた。
殺風景な下町の小学校のその中心で自然の営みを続けていた。
卒業して40年近くが過ぎ、母校を訪れる機会もなくなったが、今も高架駅からは校庭に大きく手を広げたクスノキの周りで遊ぶ子供たちの姿を見ることができるはずだ。
私はいつの日か、このクスノキを中心にした物語を書いてみたいと思っているのだが、その企ては当分果たせそうにない。
2004年5月アーカイブ
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