勤め先の昼休みに駅前の「S」でスパゲティを食べた。
今風の気取ったパスタなどではなく、ケチャップをたっぷり使った、昔風の「スパゲティ・ナポリタン」だ。
私はこの懐かしい味がする食べ物が好きなのだが、Sでは何故か、これに付け合わせとして生野菜の他にマカロニをマヨネーズであえたものが付いてくる。
スパゲティーとマカロニでは、穴と穴の周りを一緒に食べているようで、なんだか妙だが、マカロニはハンバーグにもピラフにも付いてくるらしいので、つまり、スパゲティーだけを特別扱いするのは面倒くさいと言うことなのだろう。
昼どきだと言うのに、店内には私と店のマスターの他には老婦人の二人連れがいるだけだった。
Sは1970年代以前(いや、もっと前か)の喫茶店の雰囲気を今も残している。
入り口のガラス戸から見える店内は薄暗く、フリの客には入りにくい。
これはマスターの懐古趣味なのか、或いは単に店を繁盛させようという気力が無いだけなのだろうか。とにかく、裏さびれた感じのする喫茶店だ。
「…わたし、大宮デン助のお別れ公演に出たのよ」
老婦人二人連れのうち、やや若い方が、もう一人のうんと年を取った方に言った。
「わたし、デン助劇団じゃないのに、それなのにお別れ公演に出られたんだ。お手伝いさんの役でね」
「知ってるでしょ?デン助劇団」
年かさの方は気が乗らないのか、曖昧な返事をしただけだった。
40数年前の浅草、デン助劇場が私の脳裏にうかんだ。大宮敏光(デン助)は浅草を根城に活躍し、一世を風靡したコメディアンだ。
デン助劇場はいつも満員で、週末の夜などは、立ち見も出来ないほどの盛況だった。
いや、デン助劇場だけではない。仲店も、新仲店も人があふれ、熱気に満ちていた。あの熱気は今どこへ行ったのだろうか……。
老婦人たちの話はまだ続いていたが、私の昼休みは終わった。父の肩車に乗って新仲店の雑踏を歩いたことなどを思い出しながら、店のドアを開け私は外に出た。
初夏の日差しが眩しく、映画館から出たときのような、目が眩むような感覚がした。
喫茶店S
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