妻に抱かれる

 居間のソファーでごろんと横になって休んでいた。
 ベランダの窓からはひんやりとした空気が流れてきている。もう、秋になったんだ。
 窓の外では、少し前から雨が静かに降り出してきた。
 「雨、蕭々(しょうしょう)タリ」というのは、今時のこういう雨の降りかたを表現したものだろうか。
 そういえば永井荷風の小説に「雨蕭々」というのがあったけれども、あの話の設定は今頃の季節だったかな、などとぼんやり考えていたら、上のほうから妻の声がした。
 「ねぇ、ちょっといい? 明日の練習」
 妻はホームヘルパーをしているが、明日は寝たきりのご老人の世話があるらしい。
 私を実験台にして練習ということか、寝そべっている私を、首の下と膝の裏に手を入れて、起こそうとする。
 いくらなんでもそれは無理だろうと思って横になっていたが、あっという間に妻の胸に抱かれて起こされてしまった。
 それでも妻は得心がいかないらしく、二度三度と同じ作業を繰り返し、その度に私は妻のやわらかく暖かい胸に抱かれて起こされる。
 「だいじょうぶ? 苦しくない? 」妻は少し不安げだが、私のほうは、いつ寝たきりになっても大丈夫、という気分になってきた。
 再びソファーに横になってみると、休日の午後は空気も気のせいか清澄で雨音も柔らかい。
 やはり「雨蕭々タリ」とはこの季節の雨にふさわしい表現だなと思いつつ、静かな雨音に耳を澄ませてみた。

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このページは、Tsu55が2006年9月17日 23:59に書いたブログ記事です。

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