山手線を見おろす高台の道を六月の雨が濡らしている。雨の匂いがする。
駒込駅近くの線路に沿った崖上の道に車を停めておいたのだが、近頃は駐車違反の取締りが厳しいので、心配になって、そそくさと用事を済ませて車に戻ってきた。
車にもぐり込んで、イグニッションを回す。エンジンのかすかな震えがハンドルを握る指先に伝わる。
カーラジオから聞き覚えのある少し甘えたような歌声が流れてきた。
懐かしいなと思って、動かしかけた車を止めて曲に聞き入ってしまった。曲名は思い出せないが歌っているのは太田裕美で、もう三十年以上も前、私の学生時代に流行った曲だ。
曲が終わり、DJが語り始める。
太田裕美さんのデビュー曲『雨だれ』をお送りしました......。
あゝそうだった、『雨だれ』だ。
太田裕美のデビュー曲は『木綿のハンカチーフ』だとばかり思っていたのだけれど、そういわれてみれば、『雨だれ』のほうが先だったかもしれない。特に熱心なファンだったと言うわけでもないので、そんなことも知らなかったのだ。
崖の下を電車が飛沫を上げて走り抜けていった。
三十年。と心の中で呟いてみたのだが、色々な事があったはずなのに、たいして感慨も沸かない。
眼下を山手線の銀色の車体が雨を切り裂いて疾走していく。
ワイパーがフロントガラスを舐める。私はひとり残されたような心持になって、それを眺めていた。


