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交通博物館の思い出

 今年の5月で閉館になるという、神田の交通博物館に行ってきた。
 ここは私の好きな場所のひとつだ。子供の頃から何度も行ったし、結婚して人の親になってからは、子供連れで出かけたものだった。

交通博物館階段室


 だいぶ以前、私がまだ小学生くらいの時だが、亡くなった母から、若い頃、この建物の中で働いていたと聞いたことがある。
 3階に手動式の計算機がずらっと並んだ一室があって、母はその計算機のオペレーターのような仕事をしていたようだ。
 こうやってレバーをガチャンと押すのよ。それがすごっく重くてね。と、大きなレバーを押すような仕草をして説明する母。
 手動式計算機というものを見たことのない私は、カジノのスロットマシーンのような機械が並ぶ一室で働く、若くて華奢な体つきの母を想像した。
 また、女性の多い職場での気苦労もあったようで、2日続けて同じ服を着て出勤したら外泊したと噂されたのよと小学生の私にそんな思い出話をしたのは、よっぽど悔しかったからなのだろうか。
 旧万世橋駅舎の基礎を利用して建てられたこの建物には万世橋駅の時代と交通博物館の時代という二つの歴史が重なっている。
 閉館イベントの一環として行われている「旧万世橋駅遺構特別公開」という見学会に参加してみた。
 関東大震災による火災で崩壊した、豪奢な駅舎の僅かに残された通路部分だけの見学ではあったけれど、鉄とレンガの質量がすなわち歴史の重みとして理解できたような気がした。
 昭和の初期に建てられた交通博物館の建物は万世橋駅の豪華さはないが、ガラス張りの階段室など、おそらく当時の人たちの目には、かなりモダンな造りとして映ったに違いない。
 母にとって、この場所で働いていたということは、青春の輝かしい思い出のひとつであったのだろう。
 私にとっては子供の頃、間近に見る機関車の量感に圧倒されたことや、電気仕掛けの展示物を弄る楽しさに時を忘れたことなど思い出は尽きない。
 そして私の子供たちだが、まだ幼い頃に、何度か連れて行ってあげたことを覚えているだろうか?

ボックスシートの幸せ

 思いがけないアクシデントの続く一日が終わって、会社を出たのはいつもよりだいぶ遅い時間刻だった。
 浅草駅のホームに入ってきたのは、いつもの通勤電車ではなく、日光方面への快速電車として使われる車両だった。
 時間が遅いせいか乗客も少ない。ボックスシートに腰を下ろすと、なんだか、これから遠い旅にでも出るような気分になってきた。
 窓の外を灯りが流れるのを眺めながら、子供の頃を思い出す。
 信越の山奥にある母の実家には、上野駅から夜汽車に乗って行くことが多かった。
 窓の外を、遠くの明かりはゆっくりと、近くの明かりは流れるように過ぎ去っていく。
 それを、子供の私は窓ガラスに顔をくっつけて、飽きることもなく眺めていた。
 車内は暖房が効いて暖かかったが、露をいっぱいつけた窓ガラスは冷たくて気持ちよかった。
 不思議なもので、列車から降りてから母の実家までどうやって行ったとか、田舎の家でどんな事をしたかと云うような事はおぼろげにしか覚えていないのに、列車の窓に顔をくっつけて眺めていた景色とか、車内の雰囲気というものは実にはっきりと覚えている。
 十数分の短い旅だったが、少しだけ幸せな気分になれた。
 降り際にちょっと窓ガラスに触れてみた。
 露はついていなかったが、冷たくて気持ちが良かった。

キンモクセイの香り

 休日だというのに、昨日からから断続的に雨が振っている。今年のキンモクセイはこれで終わりかもしれない。
 普段はその存在さえ気がつかない地味な樹なのに、この季節になると、どの街角にもキンモクセイの香りが満ちている。
 なんとなく甘く悲しい香りだ。
 「キンモクセイの香りがするとと、大学を受験する準備のために静岡から東京に出てきたときのことを思い出すんだ。」という、古い友人の、ひと言がなぜか毎年この花の季節になると思い出される。
 何かの話のついでに、何気なく語られたひと言で、しかもそれが語られたのは私たちが学生だった30数年前のことだった。その数年後に友人は亡くなっている。
 高校3年のときに柔道の練習中に大怪我をし、1年間を病床で過ごしたという彼の、東京に出てくるという、そのときの思いというものは、どんなものだったのだろうか。もっといろいろなことを、もっと詳しく聞いておかば良かったとおもう。
 思い出を語った本人は遠い昔に亡くなったのに、その「思い出」だけがキンモクセイの香りとともに浮遊して毎年この季節になると私の元に届く。
 この花の香りは、なんとなく甘く悲しい。

御集印帳を買う

 御集印帳を買った。我ながらジジ臭いと思うのだが、一昨年亡くなった母が持っていたのを思い出して買ってみたくなったのだ。
 旅行が好きだった母は旅先の寺社でよく御朱印を頂いていた。
 特に信心深いという人ではなっかったので、信仰心というよりも、おそらく旅の記念といった軽い気持ちで御朱印を集めていたのではないかと思う。
 母が亡くなったのは一昨年の秋だったが、某大学の医学部に献体していたので、一年ぶりに遺体が帰ってきた昨年の秋、「偲ぶ会」というものを開いて葬儀の代わりとした。
 その余韻がまだ心の中のどこかに残っているのだろう、いまだに夢のなかに母が出て来たりする。
 御集印帳などという年寄り臭いものを買う気になったのも、そういった気分によるものなのかもしれない。
 私も母に似て旅行が好きなのだが、今のところ我が家の家計には、のんびりと旅行を楽しむだけの余裕はない。今年の正月休みも家でごろごろとしているのだが、せめて我が家の近くにある隅田川七福神を歩いて御朱印を集めてみようかなどと考えている。

喫茶店S

 勤め先の昼休みに駅前の「S」でスパゲティを食べた。
 今風の気取ったパスタなどではなく、ケチャップをたっぷり使った、昔風の「スパゲティ・ナポリタン」だ。
 私はこの懐かしい味がする食べ物が好きなのだが、Sでは何故か、これに付け合わせとして生野菜の他にマカロニをマヨネーズであえたものが付いてくる。
 スパゲティーとマカロニでは、穴と穴の周りを一緒に食べているようで、なんだか妙だが、マカロニはハンバーグにもピラフにも付いてくるらしいので、つまり、スパゲティーだけを特別扱いするのは面倒くさいと言うことなのだろう。
 昼どきだと言うのに、店内には私と店のマスターの他には老婦人の二人連れがいるだけだった。
 Sは1970年代以前(いや、もっと前か)の喫茶店の雰囲気を今も残している。
 入り口のガラス戸から見える店内は薄暗く、フリの客には入りにくい。
 これはマスターの懐古趣味なのか、或いは単に店を繁盛させようという気力が無いだけなのだろうか。とにかく、裏さびれた感じのする喫茶店だ。
 「…わたし、大宮デン助のお別れ公演に出たのよ」
 老婦人二人連れのうち、やや若い方が、もう一人のうんと年を取った方に言った。
 「わたし、デン助劇団じゃないのに、それなのにお別れ公演に出られたんだ。お手伝いさんの役でね」
 「知ってるでしょ?デン助劇団」
 年かさの方は気が乗らないのか、曖昧な返事をしただけだった。
 40数年前の浅草、デン助劇場が私の脳裏にうかんだ。大宮敏光(デン助)は浅草を根城に活躍し、一世を風靡したコメディアンだ。
 デン助劇場はいつも満員で、週末の夜などは、立ち見も出来ないほどの盛況だった。
 いや、デン助劇場だけではない。仲店も、新仲店も人があふれ、熱気に満ちていた。あの熱気は今どこへ行ったのだろうか……。
 老婦人たちの話はまだ続いていたが、私の昼休みは終わった。父の肩車に乗って新仲店の雑踏を歩いたことなどを思い出しながら、店のドアを開け私は外に出た。
 初夏の日差しが眩しく、映画館から出たときのような、目が眩むような感覚がした。

校庭のクスノキ

 通勤に使う電車の高架駅から私が卒業した小学校が見える。
 もっとも、私はもう何年も母校である小学校を見ていない。
 その小学校を見おろす下りホームを私が使うのは、夜も更けて帰宅するときだけだからだ。
 小学校の校庭には楠木(クスノキ)があった。
 それは今でも校庭の真ん中で枝をひろげているのだが、私が小学生だった頃から既に「おじいさん」と言った雰囲気を漂わせていた老木だった。
 この木は中心が空洞になっており、さらに横っ腹にも竈の焚き口のように穴があいているので、まるで太い煙突が枝を広げたような形なのだが、横に大きく枝を広げた姿はなかなか風格があった。
 なぜ木の中心に大きな「うろ」ができたかについては、戦時中に焼夷弾が木のまん中に命中したのだとか、雷が落ちたのだとかという話を聞いた事があるが、はっきりしたことは判らない。
 この「うろ」を中心にクスノキは枝を広げ、その周りには特殊学級の生徒が丸太を模してセメントで作った柵が円く巡らされていた。
 クスノキは校庭の真ん中にあったので運動会の徒競走では生徒たちがこの周りをぐるぐると走り回る。
 そして、この校庭を取り囲むように校舎が建っていてので、つまり、この小学校はクスノキの「うろ」を中心に子供たちが回り、先生が回り、それを校舎が囲み、同心円を描いていたのだ。
 クスノキの側に立つと学校のほぼ全体が見渡され、どの教室の窓からもクスノキの姿が見られた。
 退屈な授業の合間、窓から眺めるクスノキは、豊かに葉を茂らせて校庭を彩り、秋には樟脳の香りとともに落ち葉を校庭にまき散らしていた。
 殺風景な下町の小学校のその中心で自然の営みを続けていた。
 卒業して40年近くが過ぎ、母校を訪れる機会もなくなったが、今も高架駅からは校庭に大きく手を広げたクスノキの周りで遊ぶ子供たちの姿を見ることができるはずだ。
 私はいつの日か、このクスノキを中心にした物語を書いてみたいと思っているのだが、その企ては当分果たせそうにない。

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