春夏秋冬の最近のブログ記事

川沿いの散歩道

汐入大橋付近

 せせこましい都会の家並みを抜けて、  堤防の上のこの道に出ると、  空が大きく開けて、  何かから解放されたような気持ちになる。  風が川面を渡ってくる。  私のお気に入りの道だ。

雨だれ

 山手線を見おろす高台の道を六月の雨が濡らしている。雨の匂いがする。
 駒込駅近くの線路に沿った崖上の道に車を停めておいたのだが、近頃は駐車違反の取締りが厳しいので、心配になって、そそくさと用事を済ませて車に戻ってきた。
 車にもぐり込んで、イグニッションを回す。エンジンのかすかな震えがハンドルを握る指先に伝わる。
 カーラジオから聞き覚えのある少し甘えたような歌声が流れてきた。
 懐かしいなと思って、動かしかけた車を止めて曲に聞き入ってしまった。曲名は思い出せないが歌っているのは太田裕美で、もう三十年以上も前、私の学生時代に流行った曲だ。
 曲が終わり、DJが語り始める。

太田裕美さんのデビュー曲『雨だれ』をお送りしました......。

 あゝそうだった、『雨だれ』だ。
 太田裕美のデビュー曲は『木綿のハンカチーフ』だとばかり思っていたのだけれど、そういわれてみれば、『雨だれ』のほうが先だったかもしれない。特に熱心なファンだったと言うわけでもないので、そんなことも知らなかったのだ。
 崖の下を電車が飛沫を上げて走り抜けていった。
 三十年。と心の中で呟いてみたのだが、色々な事があったはずなのに、たいして感慨も沸かない。
 眼下を山手線の銀色の車体が雨を切り裂いて疾走していく。
 ワイパーがフロントガラスを舐める。私はひとり残されたような心持になって、それを眺めていた。

木犀の香りについて

 会社からの帰り道。
 ほの明るい街灯の下、いつもの角を曲がった所でキンモクセイの香りに気がついた。
 雨の日が続いたので、もうすっかり今年の木犀は終わりだと勝手に決め付けていたのだが、ちょっと、不意を衝かれたような感じがした。
 懐かしい香りだと思った。
 懐かしいという思いは、哀しいという感情に似ている。
 一昨年より昨年、昨年より今年と、その香りに纏わりつく哀愁は、年を経るに連れて増してくる。
 それはつまり、私がまたひとつ年を取ったということなのだろうか。

 うっすらと寝ぼけた朝の光の中、高架上を走る通勤電車の窓から一叢の桜の花が目に入った。
 住宅密集地帯の煤けたような低い家並みの上に、桜はひょっこりと頭を出して、そこだけ輝いているようだ。
 あの桜には思い出がある。
 桜の下には公園があって、子供たちがまだ小さかった頃、私たち家族はよくそこで遊んだ。家と家とが軒を接する路地の奥に、ぽっかりと、そこだけ青い空が開けた小さな公園だった。
 その公園のすぐ近くに私たちの家があった。
 私がはじめて買った一戸建ての家で、私たち家族はみな気に入っていたが、訳あって手放してしまった。
 その後何度か私たちは引越しをしたが、子供たちはあのときのあの家が一番よかったねと今でも時々話題にし、そのたびに私の胸はちくちくと痛む。
 子供たちも、もっと大人になれば分かると思う。人生いろんなことがあるんだよと私は心の中で呟くのだ。

辛夷の花

辛夷

 辛夷(こぶし)が美しい。  この季節になるといつもそうなのだが、辛夷や白木蓮の美しさをどうすれば文章で表現できるのかと考えて、ちょっと悩ましい気持ちになる。  光の質量というようなことを考えた。  辛夷の白い花はそれ自体が光を発しているように見え、またその光に質量が存在しているように感じられるのだが、たぶん、こんなことを書いても誰にも伝わらないかもしれない。  やはり辛夷の美しさは文章では表現しきれない。  殺伐とした都会の空に、辛夷はいっときだけ白い花の色を滲ませる。 やがて木々が芽吹き、桜が町を彩る、その前の静寂。 ……いや、違うな。なかなか表現できない。難しい。

百花園雪景色

 ボコボコという奇妙な音で目が覚めた。
カーテンを開けると一面の雪景色に朝日が反射して眩しい。

 雪の百花園


 雪に覆われた百花園というのもオツなものではないかと思って、散歩に出かけることにした。
 路面の雪は半ば凍っていて踏みしめる度に音を立てる。車が通るとボコボコという音がする。寝床の中で聞いたのはこの音だったのだ。
 日当たりの悪い道ではいったん融けた雪がまた凍ってツルツルになっている。まことに都会の雪は始末が悪い。今日は休日だからまだいいが、明日までに除雪してもらわないと仕事に差し支えるだろう。
 百花園には私のほかには2、3組のカメラをぶら下げた年配者がいるのみで、とても静かだった。
 不思議なことに園内の雪はさくさくとしていて歩くと気持ちがよい。
 雪も降る場所を選んでいるのだろうか。街中に降る雪は人間どもを困らせてやろうとして降り、百花園に降る雪は人に愛でてもらおうとして降るのだろうか。
 見上げると樹の梢に積もった雪が風に吹かれ、澄み渡った空気の中をさらさらと散っていった。

左足の薬指

 朝、起きぬけに畳の上においてあった小物入れに足の薬指を思いっきりぶっつけてしまった。
 月に一度の土曜出勤の朝、冷たい雨の中を足を引きずりながらの出社。
 昼休み、土曜出勤の日は昼食として会社から弁当が支給されるのだが、お茶を配ろうとしたT嬢(会社で一番年若のデザイナーさん)がお盆をひっくり返してしまった。
 皆がお弁当を食べている間、ずっと更衣室に閉じこもっていたTさんがようやく自分のMacの前に戻ってきたとき、その顔には涙の跡がはっきりと見て取れた。
 どんな風に声をかけたらいいものか?、いや、こんなときはそっとしておいてあげるべきなのか?
 考えあぐねて、その挙句、曖昧な微笑を向けただけで、声をかけてやることもできずにいた。
 会社からの帰り道、傘を会社に置き忘れたことに気がついた。  左足の薬指が、じん、と痛んだ。

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