休日の午後、日頃の運動不足を解消しようと、妻と二人散歩に出かけた。
二人ともメタボリック・シンドロームとやらが気になる年齢と体型なのだ。
頑張って隅田川沿いに白髭橋から吾妻橋まで歩く。電車に乗って行けば駅3つ分。結構、歩きでのある距離だ。
喉が渇いたね。どこかでひと休みしていこうと、ついついビール会社の中にあるオープンカフェに入って、一杯。
消費したはずのカロリーをしっかりと取り戻し、二人顔を見合わせて小さく笑って家路に着いた。
別の日曜日の午後、また妻と二人、散歩に出かける。
お父さんと散歩に行くねと言う妻に、遅く起きてきた長男が放牧? ととぼけた顔で云う。
失礼ね。でも、放牧ってことは豚じゃないのね。豚には放牧ってあまり言わないじゃない?
今日は隅田川を遡って千住方面に歩く。川沿いの道は広々として春の空が大きく開けている。風が清々しい。
歩くのが遅い妻のために、時々速度を緩めたり立ち止まってあげたり、結構気を使って歩いているのだが、妻は気がついているのだろうか?
綺麗に芝生が張られた堤防の道を歩きながら、心の中で「ホウボク、ホウボク」と呟いて、ついニヤニヤとしてしまう。
足元に芝生の柔らかさを感じ、都会には珍しい広い青い空の下、妻と共にゆっくりと歩く。
そして、私は牧童なのか或いは牛なのだろうかと考えながら、またゆっくりと歩く。
汐入から新しくできた千住汐入大橋を渡ったところでファミリーレストランに入り、ひと休み。
紅茶で喉を潤し、特大プリンとイチゴのパフェで消費したはずのカロリーをしっかりと取り戻してから家路に着いた。
妻と僕と子供らとの最近のブログ記事
居間のソファーでごろんと横になって休んでいた。
ベランダの窓からはひんやりとした空気が流れてきている。もう、秋になったんだ。
窓の外では、少し前から雨が静かに降り出してきた。
「雨、蕭々(しょうしょう)タリ」というのは、今時のこういう雨の降りかたを表現したものだろうか。
そういえば永井荷風の小説に「雨蕭々」というのがあったけれども、あの話の設定は今頃の季節だったかな、などとぼんやり考えていたら、上のほうから妻の声がした。
「ねぇ、ちょっといい? 明日の練習」
妻はホームヘルパーをしているが、明日は寝たきりのご老人の世話があるらしい。
私を実験台にして練習ということか、寝そべっている私を、首の下と膝の裏に手を入れて、起こそうとする。
いくらなんでもそれは無理だろうと思って横になっていたが、あっという間に妻の胸に抱かれて起こされてしまった。
それでも妻は得心がいかないらしく、二度三度と同じ作業を繰り返し、その度に私は妻のやわらかく暖かい胸に抱かれて起こされる。
「だいじょうぶ? 苦しくない? 」妻は少し不安げだが、私のほうは、いつ寝たきりになっても大丈夫、という気分になってきた。
再びソファーに横になってみると、休日の午後は空気も気のせいか清澄で雨音も柔らかい。
やはり「雨蕭々タリ」とはこの季節の雨にふさわしい表現だなと思いつつ、静かな雨音に耳を澄ませてみた。
街路灯の青白い光の中にぼんやりと浮かぶ後姿はきっと私の妻に違いない。
声をかけてみようかと思ったが、妻との距離は200メートルもあろうか、多少は大きな声を出さなければ届かないだろう、と思ってやめにした。
今日は仕事が遅くなった。すでに通りは人影もまばらで暗く寂しい。
この通りも昔は賑やかで活気があったのに、ずいぶんと寂しくなったものだなどと考えながら歩いているうちに妻との距離はぐっと縮まったようだ。
両手にスーパーの袋を重たそうに提げて歩くその姿はなんだか貧乏臭く見える。
も一度声をかけようと思ったが、なんと声を掛ければよいのか思いつかなくて、やめにした。
そういえば結婚して20数年になるが、今まで妻の名前を呼んだことがない。「ねぇ」とか「さぁ」とか、子供ができてからはもっぱら「おかあさん」だった。子供がいない場所で「おかあさん」はおかしいし、なんだか恥ずかしいような気がする。どうしたものかと考えているうちに、とうとう追いついてしまった。
横に並んで妻のほうを振り向くと、きゃっと小さく叫んで「ストーカーかと思った」とのたもうた。
黙って重そうなスーパーの袋の片方を取りあげる。妻の右肩が少し浮き上がり、私の左肩が沈む。そうして肩を並べて歩いた。
こうやって二人で歩くのは久しぶりだなと思った。
会社から帰宅すると、娘が目を腫らして泣いていた。
同級生の男子が突然、心不全で亡くなったのだそうだ。
Aちゃんってカワイソウだよ。B君のこと好きで、サッカーやって遊んだときに、みんなで告白しちゃいなよって言ったのに、
恥ずかしいよって言ってたんだけど、でも、やっとメルアド交換して喜んでいたのに、B君、次の日から学校休んで、すぐに死んじゃったんだ。
夕食のテーブルを挟んで娘の話に耳を傾けながら、私は考える。
こんなとき、父親として何と言ってやればよいのだろうかと。
パパ、16歳で死ぬなんていやだよね?
うーん。そりゃまぁそうだね。でも、どうして死んじゃったのかな。
などとかみ合わない会話を続けながら、ふと「サヨナラダケガ人生ダ」というフレーズが頭に浮かんできた。
ソウナンダヨナ、サヨナラダケガ人生ナンダヨナとビールを飲みながら頭のなかで反芻する。
于武陵の「勧酒」を井伏鱒二が訳した中の一節だが、でも、そんなことを説明しても何の慰めにもなりそうもないか、などと考えているうちに、娘は自分の部屋に引き上げてしまった。
父親としてのコミュニケーション能力のなさをいまさらながら感じつつもまた、「ハナニアラシノタトヘモアルゾ」と心の中でつぶやき、ビールのグラスを置いた。
盗まれたと思っていた娘の自転車が、忘れた頃になって区の自転車集積所から出てきた。
何のことはない、駅前に自転車をおいて遊んでいるうちに放置自転車として撤去されていたのだ。
すっかり盗まれたものと思いこんで、娘には既に新しい自転車を買い与えてしまっていたので、昨日、自転車集積所で保管料2000円也を支払って請け出してきた自転車は、家族で唯一人自分の自転車を持っていなかった私のものになった。
中学の3年間を娘の足となって過ごした、自転車はかなり草臥れた容姿だったが、走らせてみれば走る、止まる、曲がるという基本的な機能には問題はなく、なかなか快適だった。
これといった用事もない日曜日の午後、天気もいいことだし、健康のために少しは体を動かして見ようかと、娘のお下がりの自転車を漕ぎ出した。友達とね、葛西の方に行こうと思ってずっと走っていったんだけど、道がわかんなくなっちゃって、橋を渡ってずっと行ったら、松戸に着いたんだよ。と今は高校生になった娘の話を思い出し、しかし、うちから松戸までは自転車で行くには遠すぎる距離だ。いや、そもそも葛西だって、かなりな距離がある。むちゃだな。若いと言うことは、そういうことなんだな。などと考えながらペダルを漕いでいるうちに、隅田川を渡り、都内では珍しいスーパー堤防の上に出た。
川岸の、大きく空が開けた道を風の音を聞きながらゆっくりと走り、堤上のコスモス畑のあたりに自転車を止め、シロツメクサの花の上に寝ころんでみた。
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